本作は、第147回直木三十五賞(直木賞、2012年上半期)を受賞した辻村深月のデビュー作である。彼女はこの作品で、第31回メフィスト賞を受賞した。文庫版で上・下巻計1,000Pをこえる大作だが、最後まで読者をあきさせない展開は、この作品が作者のデビュー作である事を感じさせない、見事な出来となっている。
本作は、とある地方都市にある県下一の進学校・私立西南学園高校で開かれた文化祭最終日に、同校生徒が飛び降り自殺するというニュースで幕を開ける。メディアはこの事件を「原因は受験ノイローゼか?」と報道した。
それから3ヵ月が経過した雪の降る日の朝、普段どおり学校に登校した8人の高校生。彼らはいつもと同じ時間に登校し、授業を受ける…はずだった。
ところが、いつもと様子がおかしい。
校舎の中に、彼ら以外の生徒がいる様子がない。
そればかりか、職員室にも教師がいない。
もちろん、彼らの担任教師も姿を消していた。
彼らは真相を探るべく職員室に潜入し、そこで1枚の写真を見つける。
その写真は、彼ら8人の集合写真だが、写っているはずの1人がいないことに気がつく。
やがて、このクラスで同級生が自殺したことを思い出すが、その人物が誰なのか、顔も名前も思い出せないことに気がついて愕然とする。
そのため自分たちの中に自殺者がいるのではないかと、お互いに腹の探り合いを始める8人。
その過程で、彼らが抱える心の闇が明らかになっていく…。
いじめ。
たえず付きまとう疎外感。
クラスメートから貼り付けられた「優等生」という疎ましいレッテル。
援助交際。
自分に対する自信のなさ。受験のプレッシャー。漠然とした将来への不安感。
自分に自信がないことから来る、恋愛への恐怖。
失恋。
ストーカーまがいの恋愛感情。
自殺。
繰り返されるリストカット。
無理心中。
この本で取り上げられるテーマは、多くの若者が抱えている問題である。
ぱっと見では「進学校に通う高校生」の彼らも、その心には、人知れぬ闇を抱えている。
本作を読む前か、読んだ後かは忘れてしまったが、 その昔「夜のピクニック」を読み終えたとき、ある種の違和感を感じたのを思い出す。この小説で扱われるテーマが、一晩かけて80㎞をひたすら歩くというのもあるが、その中では複雑で微妙な人間関係にも触れているはいるが、このお話の登場人物の悩みは「冷たい-」の登場人物が抱える悩み、苦しみ、心の闇に比べれば、取るに足らないものである。それだけにこの作品の世界観は、ある種のリアリティを持っているといえるだろう。
そして、突然登場する担任教師。彼の正体とは一体?
さらに、この事象の真相とは…
それから2年経った、夏のある日。
彼らは帰省で地元に戻り、近況報告と当時の思い出話に夢中になっている。
東京の大学に進学した者。
自らの経験を生かすべく、心理学を専攻する者。
教師を目指して、地元大学の教育学部に進んだ者。
京都の大学に進んだ者。
その人物を追いかけるように、京都の医科大学に進んだ者。
京都にいる2人以外の仲間たちは、自殺した元クラスメートの墓参りに行き、冥福を祈った。
クラスメートの自殺は、残されたものに衝撃を与える。
自殺のことなんか忘れたい、思い出したくないという気持ちから起こった、あの事件。
この小説のすごいところは、各人が抱える悩みや心の闇を扱いつつ、決してウェットな展開になっていないということ。これらの問題をテーマに扱うとき、一つ間違えれば、読者に「つらい」という感情をあたえかねない。読者にマイナスの感情を与えない作者の筆力は、ただただうなるばかりである。
最後まで読み通して、彼らの将来に幸あれと思わせる、粋な終わり方。
自分もできることならば、彼らのグループに入ってみたいと思わせる作品はめったにない。これは、そのひとつである。
できることなら、冒頭の自殺の一件は「実は冗談でした」というオチだったらよかったのだが…。
蛇足ながら、私が感じた違和感を一つだけ触れておく。
それは彼らの進路が「文系」「理系」と分かれているのにクラスなのはどうして?ということ。
「普通科」のある高校では、よほど偏差値が低い学校でない限り、高校2年生に進級すると、生徒は自分の将来を見据えて「文系」「理系」のコースを選択するのが普通だ。世間一般でいう「進学校」は、高校3年生になると「国公立文系」「国公立理系」「私立文系」「私立理系」という感じで、細かくコースが分かれる。
ところがこの物語に登場する生徒たちは、文系学部に進んだ生徒もいれば医学部に進んだ生徒もいるのに、1年間同じクラスで学んだとしか思えない。ごく希に、文系・理系のコース分けをしない学校があるという話を、何かの本で読んだ記憶がある。あるいは、自分の受験に必要のない科目の授業中は、他の教室で自習を認めるシステムをとっていたのだろうか。
辻村はこの作品以降、次々と注目作を発表している。
直木賞受賞以後は取り上げる題材が幅広くなったが、個人的には、このような独特なタッチの作品をもっとつくって欲しいな、と思っている。