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冷蔵庫のうえの人生

冷蔵庫のうえの人生

アリス・カイパース著 八木 明子(訳) 文藝春秋 2007年12月10日初版発行 240P 1,200円(税抜)

産婦人科の医師であり、シングルマザーとして16歳の娘を育てる母親。 母親を慕う、甘えん坊な16歳の娘。 この小説は、この2人が日々の生活を、冷蔵庫に貼り付けてあるメモ用紙でやり取りする様子を綴った作品である。

そんなある日、母は娘に、自分がガンであるかもしれないと告白する。 容態を心配する娘に、「もしものことがあるかもしれない」と告白する母。 母親を困らせる言動と行動をとりながらも、彼女の回復を一心に願う娘。 しかし、そんな娘の願いもむなしく、母の病状は悪化していく。 別れが近いことを覚悟した娘は、日一日と大人の行動をとるようになる。 心身とも成長する娘を見て、心の底から喜ぶ母。 娘は奇跡を信じて、冷蔵庫のメモにこんなメッセージを託す。 「お母さんのようなすばらしいお母さんはほかにいません。愛しています」と。 だが別れのときは、あっという間にやってきて…………………………………………………………………

「母と娘のメモのやり取りだけでできた小説」。 この本は、そんな一風替わった売り込み文句に興味を持った編集者の目にとまり、日本でも出版されることになった。 散文のような文体は、作者の本業が詩人だから。だからこの作品は、小説というより、2人芝居の戯曲を読んでいる感じを受ける。 戯曲を読むためには、場面と場面の隙間を演者自らが補う必要がある。 肝心なことは、何も書かれていない。 だからこの本を読むときは、行と行で起こったかもしれない出来事を、読者自身で想像しなければいけない。 この本を読む難しさと楽しさは、そこにあるのだ。娘が重病の母に散々悪態をつき、わがままを言い、母を困らせるのは、母を愛する気持ちの裏返しでもある。永遠の別れを受け入れたくない。もっと母に甘えたい。ずっとずっとそばにいたい。 しかしどんなに駄々をこねようとも、母との別れが近いという事実は動かせない。 やがてやってくる「その日」を受け入れる覚悟をした娘は、人を思いやることとは何なのかを理解していく。母の死から1年後、彼女は自立を宣言する。 「私のことはどうか心配しないでください」というメッセージを、天国の母に託して。

「冷蔵庫の扉の上のメモでやり取りする」という発想は、作者自身が、恋人とのメッセージ交換の手段としてやっていたことから思いついた。 母ががんで死ぬという設定は、親しい友人の母親が、がんで亡くなったことに基づいている。

自分の家族にがん患者がいる人なら、娘の気持ちがよくわかるだろう。 私にとってもこの状況は、人事とは思えない。 自分だったらこうするのに、ああいうのにと思いながら、実際の行動に移せないもどかしさ。 こういう気持ちは、身内にがん患者がいる人なら、きっとわかるはず。

以前読んだ小説の中に「厳しい現実は、人を強くする」というセリフがあった。 母の死という現実を受け入れられず、毎日泣いて過ごしていた娘。その気持ちは「ほかの女性たちは今も生き続けているのに、どうしてお母さんはあんなにあっけなく死んでしまったの?」というセリフに込められている。 だがいくら泣いてもわめいても、愛する母は帰ってこない。そばにいない。 時がたつにつれて、娘は徐々に「強さ」を身につけ、母から自立していく。

本当に強い人は、勇ましいことは言わない。 ただ黙って、ありのままの現実を受け入れ、自立する。

娘・クレアの最後のメッセージを見て、そんな印象を受けたのだった。

クレアの未来に幸多からんことを願う。