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Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

名前探しの放課後(全2巻)

日本文学

名前探しの放課後(上)

著者 : 辻村深月 講談社 342p 発売日 : 2007-12-21

名前探しの放課後(下)

著者 : 辻村深月 講談社 358p 発売日 : 2007-12-21

学園ミステリの若き大家・辻村美月が(たぶん)初めて手がけた連載小説の単行本化。 デビュー以来、新作を新書で出版していた作者が、はじめて出した単行本でもある。

この物語の主人公は、高校1年の依田いつか。 彼はいきなり3ヶ月前の世界にバックしてしまう。 「3ヶ月後の世界」からやってきた彼は、クラスメート達に「うちの学校の生徒が、3ヶ月後に自殺する。自殺を防ぐのを手伝って欲しい」と告げる。 戸惑いつつも、坂崎あすならいつかの同期生達は、彼の「予言」を信じ、自殺を防止するために奔走する。 そして校内で「いじめ」のターゲットにされている生徒を、3ヶ月後に自殺する人間とにらんだいつか達は、彼が自殺しないようにあの手この手で守ろうとする。 ところが、自殺しようとした人間はその生徒ではなく、自殺を防ぐ側にいた人間だった…

登場人物の会話を楽しむ小説は「キャラクター小説」と言われ、ここ最近の小説の主流をなしている。もともと’80年~’90年代に「少女小説」ブームが流行した時に多くされ、本作もこの形式をとっている。ただし「キャラクター小説」は、現在の話者が誰なのかをつかめないと物語の展開を理解するのが難しいことから 「キャラクター小説は、物語の背景を『地の文』で表現できない作家が採用する手法だ」 と非難するベテラン作家(筒井康隆は、この手の作品を嫌っている)もかなり存在する。その反面「戯曲を読むような気持ちで読める小説があってもいい」と評価する人もいる。本作もデビュー作「冷たい校舎~」に比べて会話数が多く、キャラクター小説が嫌いな人や慣れていない人が読むと、頭の中が混乱するだろう。 「そこそこの名門公立校高校に通う高校1年生のクリスマス前後」と 「県下一の進学校に通う高校3年生が、受験直前に体験したこと」 が違うだけで、取り上げられた舞台背景は、デビュー作「冷たい校舎~が似ているのではと感じる人も多いはず。

だが「冷たい校舎~」と本作には(自分が「いじめられっ子」で、集団生活に馴染めないタイプの人間だから、そう思っているだけかも知れないが)、「いじめ」問題の解決と、待ち受けている困難に対し、弱者が団結して問題を克服することの大切さを訴える事を読み取ることができる。前者では、登場人物が抱えるトラウマと、集団から孤立する恐怖感が前面に出ていたのに対し、後者では、登場人物が受ける度を超えた「いじめ」が、その後の心身の成長に有害かつ重大な後遺症を残す恐れがあることを明らかにしている。この人物は当人が拒否反応を示しているにもかかわらず、親の都合で一方的に都心部から田舎に引っ越してきたという生徒だ。親が子供のために「良かれ」と思っていることが、当人には「余計なお世話」であり、ストレスを感じさせる可能性があるのだ。主人公とそのクラスメートは、彼の自殺を阻止すべく奔走する。

ところが主人公によって「自殺する」と決めつけられた生徒が、実は作者から与えられた「任務」を忠実に実行する存在であることが、この本を読み進めるにつれてわかってくる。 そして、作者がこの作品で伝えたいことは「未来は変えられる」と言うこと。 主人公いつかは、自分の学校から自殺者が出たこと、そしてその自殺者について詳しく知らなかったと言うことを、心の中でずっと悔いていた。何らかの力が主人公に働き、彼は3ヶ月前の世界にジャンプした。人の死に鈍感であることに気がついたいつかは、自分の学校から死者が出た話を聞きたくない一心でクラスメートに協力を頼み、自殺阻止に成功する。

作者は、問題解決のためには傍観者になってはいけない、自ら動くこと、時には積極的に他人とコミュニケーションをとらなければいけないと言うことを、この作品を通じて伝えたいのだと思った。作者がこれらの問題に強いこだわりを見せるのは、大学で教育学を学んだ影響もあるのだと思う。

本作下巻のあとがきで辻村氏は、作者は本作の執筆に当たり、ローカルデザイン・地域経営の専門家に話を聞いたという。過疎の問題や地域問題が出てくるのはそのためだが、これらの問題にもうちょっと触れて欲しかったなと思った。