Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

「憲法主義 条文には書かれていない本質」

気鋭の憲法学者が「国民的アイドルグループ」と憲法について語る。それも、出版元は名うての右派シンクタンクがバックについているところ。これは新手の「改憲」を薦める書籍と思って店頭でパラ見したら、その中で議論されている内容は至極真っ当なものだった。

この本は南野森九州大学准教授(憲法学)がAKB48メンバー・内山奈月に対して行った、2日間の集中講義の模様を収録した本である。内山は2013年6月、日本武道館におけるAKB研究生のライブで、日本国憲法をそらんじて話題になったアイドルだ。しかし本書の講師役である南野准教授は内山のことはおろか、AKB48のことをよく知らなかったという。南野氏は大学で憲法を教えて10年以上になるというのに、日本国憲法の全文も諳んじられないと書いている(アンタ先生だろう?)。 この二人がどんなきっかけで知り合ったのかは本書では触れられていないが、おそらく出版社経由でこの企画が持ち上がったのだろう、と勝手に推測してみる。前書きにもあるとおり、二人の集中講義を元にした書籍刊行が企画された時、約4年ぶりに自民党が政権に復帰して第二次安倍晋三内閣が発足した。安倍総理はかねてからの持論である「日本国憲法改憲」を実現すべく、「96条条文改正」「解釈改憲」に躍起になっていた。右派系シンクタンクPHP研究所」を母体にする出版社は、この機会にアイドルと憲法学者に「改憲」の重要性を説いてもらおうと考えていたに相違ない。 だが当事者である南野准教授は、この風潮に違和感を覚えていたようだ。憲法学者として、世の中にあふれている憲法に関する言説には間違っているものが多いから、国民に憲法について正確に理解してもらいたい。憲法問題は、国民が得た正確な知識を土台にして議論してもらうことが必要である。そのためには我々憲法学者の側も、憲法の正しい理解を市民に広く伝えることが必要だと考えた。そして、南野准教授が言うところの「本当に頭のいいお嬢さん」との集中講義が始まった。 本書の内容はどの憲法入門書よりも平易な言葉で語られているので、憲法初学者にお勧めである。終始一貫しているのは「憲法が縛るのは市民ではなく、権力者である」ということ。本書は5章で構成されているが、ここで触れられている内容は、一般市民はもちろんのこと、全国会議員は絶対に知っておかなくてはいけないことばかりである。裏を返せば、今の与党議員は、法学部出身であるにもかかわらず、日本の憲法学界の重鎮である芦部信喜の名前も知らなかった安倍総理以下、憲法の何たるかを理解していない議員ばかりだということでもある(余談だが「芦部信喜」の名前は、法学部出身の人間だったら、誰でも知っているはずの名前であると知人は語っている)。 印象に残っているのは、最高裁判所のみが有する「違憲審査権」。最高裁判所の大法廷は15人で構成され、過半数の賛成で「合憲」か「違憲」かが決まるという制度だが、南野准教授によれば、日本で違憲判決が出たのは10件しかないという。裁判所の違憲審査権はほとんどの国に導入されており、韓国では現憲法が制定されてから30年未満にもかかわらず、違憲判決が300件以上も出ているそうである。日本の憲法学者はこのことについて「日本の最高裁は、違憲判決を出すのが少ない」と不満を持っているそうだが、実はこの制度は、国民にとっては諸刃の剣なのだそうだ。 というのも、日本の最高裁判所の長官は憲法第6条第2項において「内閣の指名に基づいて天皇が任命する」が、裁判長以外の裁判員は、憲法第79条第1項に基づき、内閣が任命することになっているからだ。憲法上は、最高裁長官は天皇が任命することになっているが、実際は総理大臣が任命し、最高裁の裁判官も、内閣が任命することになっている。つまり総理がその気になれれば、自分と近い思想を持っている人間を、最高裁長官に任命する可能性があるということだ。安倍内閣が「集団自衛権の行使」を「解釈改憲」で認めた今、自分の憲法解釈を無理矢理「合憲」にする裁判官をどんどん指名し、司法の分野でも自分の言いなりになる人間を増やす気なのではないかと思うと、なんだか怖い気がする。 さて「憲法問題」といえば、どうしても避けて通れないのが憲法9条の問題である。南野准教授は自衛権の行使と認めるという立場を表明しているが、解釈改憲での行使には一貫して反対の立場をとっている。そして日本の憲法学会では、安倍政権が推し進める「解釈改憲」には否定的な立場をとる学者がほとんどなのだそうだ。 日本の「改憲派」は「日本国憲法は、GHQに押しつけられた憲法である」ことを理由に、改憲するべきだと主張する。だが南野教授はこれらの意見について 「憲法は押しつけられるものであり、70年近くもそれで運用してきたのだから別に(改憲しなくても)それでいいのではないか。大事なのは憲法が(その国に)根付いていること、国民の多くが憲法を受け入れていること、その憲法に従って、国家が一定程度安定的に運営されてきたことを考えれば、生みの親がどうのこうのといわれても(p224要旨)」 と、保守派が推し進める「改憲論」については明確に反対の姿勢を見せている。これを受けて内山も、あとがきのなかで 「この素晴らしい憲法を守り、意味を深め、価値を高めるメンバーでありたい」 と述べている。

当初述べたとおり、この本の出版元の親会社は右派系シンクタンクであるが、中身は安倍内閣が推進する「解釈改憲」に明確に異を唱える、護憲派寄りの憲法に関する書籍である。編集者はもちろん、出版を許可した責任者は、親会社の圧力をどうかわしたか興味を持った。 それと、内山が所属しているAKB48のプロデューサー・秋元康。彼は新自由主義を信奉し、安倍政権でも昵懇の仲だという話を聞いたことがあるが、そんな彼が、よくこの企画にOKを出したものだと感心する。右傾化傾向が強まる世論の中で、彼女の芸能生活が心配になってくる、というのは言い過ぎだろうか?