読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

「ソロモンの偽証ー第一部『事件』」

教育現場の体質、歪んだ功名心から正義感を振り回し、どや顔で伝えるメディア、二転三転する情報にいらだつ父兄、そして子どもたちが抱える心の闇…これらの問題は、昔も今も悩ましい問題である。

本作は2002年から11年まで「小説新潮」に連載され、宮部みゆきの作家デビュー25周年にあたる2012年に刊行された作品の文庫化である。400字詰め原稿用紙で4,700枚という超大作であり、シリーズ三部作は、文庫化にあたり上下巻に分けて刊行された。映画化もされ、それは今年(2015年)3月・4月に前・後編形式で公開される。これだけの大著を、どのようにまとめてくるのか大いに楽しみであり、不安でもある。

その事件は、バブル絶頂期の1990年のクリスマスに起きた。 都内にある中学校で、生徒の死体が発見される。事件が起きた情況から、捜査当局も学校側も、本件を「自殺」と断定し、遺族もそれで納得した…はずだった。ところが、本件は「自殺」ではなく「他殺」であるという告発状が学校当局・本作のヒロインの自宅に届いた。いや、本当は当時の担任にも告発状が送付された。ところが全くの個人的悪意から、担任と同じマンションに住む主婦がこの告発状を盗み取り、それがテレビ局のニュース番組に送られたことから、事件は思わぬ展開を辿ることになる。 歪んだ正義感を持ったテレビ局記者によりおこなわれた、悪意を持ってねじ曲げられて報道で広がる大人達の疑心暗鬼。告白状の処理を誤った校長は、保護者集会で糾弾されたあげく退職に追い込まれ、当時の担任教師は、告発状を受け取っていないという事実を証明できず、同僚及び先輩教員から責任を追及され、不本意な形で教壇を去った。その後も続くゴタゴタに子どもたちはいらつき、傷つき、疎外感を味わう。そしてその後も執拗に「真相究明」という名の「思い込み」報道を目論む「記者」の追求に憤りを感じたヒロインは、自分たちの手で真相を究明するため、学校内で裁判をしますと表明する…。

「生徒殺人事件」の容疑者としてあげれている「不良三人組」。彼らを「どうしようもない連中」と切り捨てるのは簡単だが、それぞれ家庭環境に問題を抱えていることがうかがえる。三人組のリーダー格の父親は地元の有力者と目されており、バブル景気に乗って商売の規模を拡大してきたことから、経営者としても有能だと思われている。彼もまた、息子と同じ中学校を卒業したが「商売に学校教育はムダだ。学校の先生に『世間で生き抜くための教育』は出来ない」という思想の持ち主であり、事ある毎に学校当局と衝突を繰り返す荒くれ者である。息子に対しては自分なりに「惜しみなく愛情を注いでいる」と思っているようで、いつも高級品を身に纏わせている(それが似合う、似合わないというのは別にして)。だが、当の息子がそれに対してどう思っているのは、この時点ではまだわからない。絶えず「子分」としてついてるあとの二人にしても、放任家庭でほとんど子どもの世話を顧みなかったり、家が商売をしているが生きていくのに精一杯、とてもじゃないが子どもの世話まで気が回らないという家庭環境にあるなど、それぞれが生育環境に問題を抱えていることがわかる。 「告発状」が送られたことがきっかけかどうかわからないが、「容疑者」と名指しされた不良生徒の子分二人は、学校内で派手な大立ち回りをしたあげく、相手に瀕死の重傷を負わせるという事件を起こす。「殺人事件容疑者」とされたのが我慢らならなかったのが原因と思われるが、この時点でははっきりしたことはわからない。だがこの事件が生徒に与えた衝撃は大きく、その後のテレビ報道で「不良中学校」というレッテルを貼られたことに我慢の限界を超えたヒロインが「学級裁判」を起こす決意をさせるきっかけになった。 彼ら以外にも、家庭環境に問題を抱えている生徒は多い。生徒の遺体の第一発見者の家庭は、父親がこれまでの安定したサラリーマン生活を捨て、親戚の口車に乗り、成功するかどうかわからないペンション経営に乗り出すと言い出して、その計画に反対する妻・子どもと対立している。告白状を作成した生徒は酷いニキビに苦しみ、そのことで「不良三人組」から手酷いいじめを受けていた上、母親は娘のいうことを全く聞き入れてくれず、父親は自分の世界に没頭している。ここまでの登場人物で、真っ当な家庭環境で育ったのはヒロインくらいしかいない。

「裁判を始める」と宣言したヒロインの心にあるもの。 それは「大人達は自分の保身ばかりだけしか考えず、自分たちの気持ちをまるで考えてくれない」という、大人達、そしてメディアへの不信感。 一方的にレッテルだけを貼り、子どもたちの言い分に耳を貸さず、世間体だけを気にし、ひたすら嵐が過ぎ去るのをじっと待つだけの学校当局。 「これは(視聴率的に)おいしそうなネタだ」というさもしい魂胆で、カメラの前で偽善的な報道をするその内側は、薄汚れた野心を持ち、人の不幸をネタにしてのし上がることしか考えていない「ジャーナリスト」という名のメディア関係者。 学校当局に不信感を持ち、不平不満をぶちまけるだけで、真相究明のために何ら動こうとしない保護者達。 ヒロインはこれら強大な敵を前に、どんな策を弄して立ち向かうのかが大いに気になる。