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Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

「虚妄の学園―仙台育英学園高校・その歪んだ実態」

「スポーツ有名校」が持つ「裏の顔」。 在校生は、これらのことをどれだけ知っているのだろうか?

この本は、東北地方最大の私立高校・仙台育英学園高等学校に長年勤務していた教師が、学園に対する積年の恨み辛みを晴らすとともに、生徒に対する贖罪の気持ちをこめて書いた告発本である。 全校生徒4,000人を超えるマンモス校である仙台育英学園は、甲子園での活躍でおなじみの野球部に代表されるように、スポーツの盛んな学校として世間に広く認知されている。設立から100年以上を超える伝統校で、もともとは男子校だった。1980年代後半になると校舎の建て替えが進み、教育課程を再編成して女子も受け入れるようになる。その結果、これらの「改革」が奏功して進学率も上がるなど、地元住民が抱いている「県内県立の滑り止めの学校」というイメージを変えることに成功した。だがその実態は、校長一族による独裁的学校運営、でたらめな成績評価、校内に公然とはびこる差別主義と秘密主義、出入り業者に公然と賄賂を要求するなど「これがまともな学校なのか?」と思われても仕方がないほど「カネ」「不正」「嘘」にまみれた、学校とは思えないほどの異様な価値観が蔓延する世界だった。 著者は1965年から20年あまり同校で教鞭をとってきた人物だが、彼の目から見たこの学校の実態は、およそ我慢できないことの連続だった。 正面から見える立派な校舎は、来客者が目につくため「だけ」に設置されたものである。膨大な数の生徒を収容するため、ただでさえ狭い校庭にはプレハブ式の校舎が建設された。しかし教室内には空調設備はないから、夏暑い時期は授業にならないという苦情が絶えない。一般生徒が通う校舎の黒板はすすけて字が見にくく、狭い教室内には沢山の机と椅子が押し込められている。これに対し特進クラスなど一部のクラス・コースで使われる教室には、最新鋭の設備 が惜しげもなく投入されてる。校内に厳然と存在する格差に、(おそらく一般コースに通う)在校生から「見えるところだけ金をかけ、必要な設備はおざなりにされている」と訴える投書が新聞に載ったほどだ。 差別面は運動設備にも及ぶ。特進クラスの生徒がテニスやスケートなどの課外授業にいそしむ一方、在学中にプールに入れなかった生徒もいる。さらには、理科の実験室も使わせてもらえなかったケースもあるという。「教育」の理念とはまるでかけ離れているこの実態を、当時同校に勤めていた教員達はどう思っていたのだろうか。 この学校は国際交流を盛んに標榜しているが、その実態は非常にお粗末である。在学中に留学したものの途中で帰国した生徒がいる。その生徒は帰国後も、学校内に戻らなかった上、この生徒を校内で見かけたと証言する生徒もいない。しかし学校側は、なぜか彼の進級・卒業を認定した。留学中の学校から成績認定書が送られてきたというのがその理由だが、根拠になった書類を見た学園関係者は、校長と取り巻き以外は誰もいない。だが「留学」しているはずのこの生徒を、市内の繁華街で見かけたと証言する生徒が多数いるのである。 教育課程に「外国語コース(ただし女子のみ)」を導入していることもあり、留学生や外人教師も積極的に受け入れている。しかし彼らの多くは日本語も理解できず、ただ「遊んでいるだけ」。外国人「教師」の授業にいたっては、そのほとんどが高校レベルに達していないと指摘されている。だが学園側はそれらの実態をひた隠し、学校案内等で大々的に国際教育を宣伝していた。誇大広告も、ここまで来ると 「詐欺」以外の何ものでもない。同校に派遣された外国人たちも、これらの実態を目の当たりにし、所属団体に「自分たちは利用された」と不満をぶつけていたという。実際1985年には、教員免許を持たない外国人を教壇に立たせたという不祥事が発覚し、県内メディアに大々的に報道された。(おそらく)女子を受け入れる目的で設置された「外国語コース」の認可については、仙台市内には多数女子校があるため、県の認可が下りないのではないかと関係者は思っていたのだが、理事長はなぜか自信満々の表情だったという。実際、認可はあっさりと下りた。どんな「政治工作」があったのか、真相は闇の中である。 この本にはこれ以外にも、学校法人による財テクの実態、暴力事件等の不祥事を金で解決する学園の体質、資格試験や入試模試で横行するデタラメ、当時東北高校野球部だった人物(後に、同校野球部監督に就任した)の、学園との黒い交際の件も赤裸々に記載されている。だがこれらの事実が世間に明かされることは、校長一族にとっては我慢ならなかったのだろう。裁判の結果、学校側の勝利になった。原告が控訴・上告すれば、同校の評判はどうなっていたかわからない。だが原告人はなぜか控訴せず、学園勝訴の判決が確定した。著者にはおそらく、学園側から多額の「口止め料」が渡されたのだろう。 この本はページ数が70ページに満たず、修正したら本の体裁にならないため、出版元はこの本をやむなく絶版扱いとした。仙台市内の書店におかれていたこの本は、生徒など学校関係者によって買い占められ、一般人の目に触れないようにしたという。この本を読んでいた他校生は、親戚もしくは知人が仙台育英に通っていたと思われる生徒によって本を没収され、そのまま返ってこなかったそうだ。おそらくこれらの命令も、学園上層部が命じたものだろう。管理人には仙台在住の親戚がいるが、その人に言わせれば、この学校の地元の評価は「宣伝ばかり熱心で、中身は空っぽでガラが悪い生徒のいく学校」だそうだ。 これらのことを「一学校法人の不祥事告発本」と切り捨てるのは簡単。しかし、甲子園で名をとどろかせている学校法人はもちろん、地方にある私立学校の多くが、大なり小なり仙台育英学園と似たようなことをやっていると、個人的には思っている。管理人自身、高校時代を新興私学の底辺校ですごした経験があるが、似たようなことを感じていたからだ。ただ管理人が通っていた学校は、ここまでひどくはなかったが。 見てくればかりで内容がない学校で、青春時代の貴重な3年間をすごさなくてはならなかった生徒の気持ちはいかばかりだろう。「いやしくも高校と名乗る以上、一定水準以上の生徒に教育を施すべきだ」というOBの声を、学校上層部はなんと聞く?この本が出版されてから30年近く経過したが、今の同校は、当時に比べて真っ当になっている…と信じたいが、一体どうなっているのだろうか気になるところではある。