Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

「酔うために地球はぐるぐるまわっている」

本書で取り上げられているのは、ほとんどがビールとウィスキー。 日本人だから、日本酒の話題をもっと取り上げろっての!

これまで数多くの著作を世に送り出している椎名誠だが、酒に関する著作は意外にもこれが初めてである。帯に掲載されたキャッチコピーには 「ビールが好きだ。イヤウィスキーも欠かせない。ワインだっていいじゃないか。ラムもサトウキビ畑の中でざわわざわわと飲んだらたまらないぜ。どぶろくにも目がない。雪に囲まれた古宿の囲炉裏を囲んでグビリグビリ……。なんだ、サケならみんないいんじゃないから、といわれれば頷くしかない」 とあるので、世界中の酒事情をとりあげたものだと思っていたのだが、内容を見てちょっとガッカリ。この本は全4章で構成されるが、半分はウィスキーとビールの話題に当てている。さらに我慢ならないことに、日本人作家なのに、日本の酒は日本酒・焼酎を含めてほとんど出てこない。最後の方に、どぶろくの話題がちょこっと出てくるだけである。スペースの大部分を占めているウィスキーとビールの話題にしても、出典を見て「ああなるほどな」と思わず苦笑した。どうやら酒造メーカーからお金をもらって書かれた、宣伝文とおぼしきエッセイなのである。かつて「週刊金曜日」の編集委員を務めるなど、硬派なイメージを持っていたから、趣味の話になるとみんなスポンサーには甘くなるのだなと思った次第である。 冒頭から文句たらたらモードになってしまったが、興味深い事実も沢山知った。憤りを感じたのは、旧ソ連時代の酒場で体験したことである。当時は昼間から酩酊する市民が多かったが、それは当局からの圧政と慢性的な物資不足から来るストレスを解消するためだった。しかし政府は市民に対し昼間からの飲酒を禁止し、これを破るものには容赦なく暴力を加え、留置所に3日間も留置するのである。市民の生活改善はおざなりで刑罰だけはやたらと厳しい政府の態度に、筆者は「禁酒法時代のアメリカよりも酷い」と憤る。政府がこんな調子だから、従業員の労働意欲も乏しい。レストランは、一度入ったが最後、最低3時間は外に出られない。料理を注文しても、店員は素っ気ない態度で「売り切れです」を繰り返すのみ。注文してすぐにでる料理はたった3品!従業員にはサービス精神のかけらもないが、驚いたことに、このレストランは政府幹部や観光客向けだというのだから、一般向けのレストランがどんな様子なのか見当がつく。 これと対照的なのは、ポルトガルの酒場である。木造のお粗末な建物は、50人はいればいっぱいなる規模なのだが、建物とは対照的に店内はオトナの雰囲気が漂い、これっぽっちも猥雑さを感じない。そこで提供される酒は、客がライターをつけて暖めるほどアルコール度数が高いのだが、それがまた最高なのだ。いい雰囲気になったところでファド(日本でいう「演歌」にあたる音楽)を歌う歌手が登場し、彼らが歌うファドにあわせて客は歌い、拍子をとる。なんと素晴らしい光景なのだろう。ばかでかい音響でがなる、ヘタクソなバンドしかいない旧ソ連の酒場とは偉い違いである。 本書ではこれ以外の地域の「酒事情」についても触れられている。メキシコの蒸留酒テキーラ」の名前は実在する村から命名されたものであり、その原料はリュウゼツランであるということ。首都メキシコシティーは標高は2,300mの高地にあるため、平地に比べると二日酔いのきつさが半端じゃないこと、ドイツで開催されるビールの祭典「オクトーバーフェスト」は、ドイツ全土から200万人やってくること。北極圏でアルコールが禁止されているのは、アルコール中毒で苦しむ原住民が多数でた過去がある事に由来していること。モンゴルの馬乳酒は期間限定、パブアニューギニアには、いまも「口噛み酒」の伝統が残っていること。ベトナムでは、コブラをバラバラにして焼酎に入れ、それを一気飲みにする風習があること…etc。 この本を読んでいると酒、特にウィスキーは生き物であり、手間暇がかかるということがよくわかる。蒸留所では蒸す麦は、4時間毎に人の手でひっくり返される。だから蒸留所は、3交代勤務である。ウィスキーを入れる樽はすべて手作りであり、ウィスキーを入れる釜も、形によって微妙に味が異なるそうだ。微妙に異なる味を巧みに混ぜ合わせ、一つの小品にするウィスキー職人には、熟練の技が求められる。 水も重要で、スコットランドでは、蒸留所に近い田畑における農業は、化学肥料の利用を禁じているほどだ。サントリーが蒸留所を持っている小淵沢と山崎に共通するのは、いい水がある土地だということ。鳥井信治郎が山崎に蒸留所を作ることに決めたのも、ここが桂川・木津川・宇治川の合流地点で、高低差があって霧が出やすいのが理由である。京都に近いため、第二次世界大戦での空襲を免れたことで、原酒の損失を免れたことは幸運だといえるだろう。山崎蒸留所には、長年貯蔵している原酒が沢山ある。もし空襲でこれらの原酒が失われていたら、会社にとっては取り返しのつかないことになっていただろう。42年ものの原酒の値段が50万するのも納得だ。 でも著者が一番好きなのはビールだろう。本書の第3章は「○○しながらビールを飲んだ」「仕事の後にビールを飲んだ」という話ばかり.そういえばこの人、かつてはビールのCMにもでていたんだっけ。小学校の頃、はじめてビールを飲んで「こんなのどこがおいしいんだ?」というのが筆者の「アルコール初体験」だったのに、中学生になると完全に「酔いどれ学生」になっちゃったのは、なにがきっかけだったのだろう。酔ったまま海で泳いだり(よく死ななかったな)、お金がないから合成酒で盛り上がったり、あげくは酒屋からビールを盗んだり、「飲み比べ」と称して決闘をしたりともうやりたい放題。端から見ると、こんなムチャクチャをして命を落とさなかったなと不思議に思うが、やっている当人達は楽しんでやっていたのだから、周りがあれこれいうのはヤボっていうことなのでしょう。 酒を愛する文人は数多いるが、それで命を落とした文人も、負けず劣らず多い。著者も齡70年を超えた。飲酒生活60年近く、彼の肝臓はどうなっているのか、他人事ながら心配になってくるのである。これからも肝臓をケアしつつ、楽しい「酒飲み」人生を送ってもらいたいものだ。