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Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

「イニシエーション・ラブ」

ただし、この時代に青春時代を送った人間全員がこのような恋愛体験をしたと思っているのなら大間違い。バブル時代の恋愛は高学歴・高身長・高収入の「3高」男性だけがちやほやされ、大学生も俗に言う「日東駒専」以下のレベルに通う学生は、おそらく合コンでも相手にされていなかったのではないだろうか?因みに、著者は国立大学を出身の男性である。上記の事実に触れないのは、彼自身もそれなりにおいしい思いをしていたからに相違ない。 一度通読して、私は「たっくん」を「クソ野郎」と思ってしまった。地方大学に通う、自他共に認める「イケていない学生」が、たまたま参加した合コンで本作のヒロイン「マユ」と出会い、男女の関係になる。しかし彼は就職してして上京したとたん、同期でかつ自分よりハイレベルの女性と一線を越え、マユとの関係をあっさりと解消する。会社でも出来の悪い先輩を見下し、会社が持っているのは俺のおかげだ、という傲慢な意識を持つようになる。へぇぇぇそうですか、地方国立大学から東京本社に配属になったのがそんなに偉いのか?東京の大企業への就職を蹴って地元の企業に就職を決めたのは、マユのためだったのではないのか?それなのに、こちらは東京から往復4時間かけてマユに会いに来て(やって)いるのに、向こうはただの一度も東京に来ないのはなぜだ?と悪態をつく。恋愛経験に乏しい男性がはじめて女性を抱き、東京に就職して「エリート扱い」されるとここまで変わってしまうのだろうか?曲がりなりにも、マユのことを気遣っていたはずなのに、どこでどうしてここまで二人の間に距離ができたのか?私が違和感を抱いたのは、この話の主人公「マユ」が付き合っていた「静岡大学」の「鈴木」という男性にあった。Side-Aの鈴木は、合コンでの自己紹介で「静岡大学の数学科4年生で、就職先は富士通です」と名乗っていた。ところがSide-Bに出てくる鈴木は地元の企業に勤めており、出身大学を問われて「静岡大学物理学科」と答えているではないか!そして書評サイトで指摘されている違和感の理由がやっとわかった。ヒロインのマユが「たっくん」と呼ぶ「鈴木」は、「Side-A」と「Side-B」では全く違う人間なのだ!その証拠が「ラスト2行」に出てくるやりとりだ。下の名前が違っている!名字が同じ「鈴木」で、マユの呼び名が「たっくん」だから、気がつかない人が多かっただろう。普通の物語なら下の名前で書かれているはずだが、この作品では最初から最後まで「鈴木」は「鈴木」以外で書かれることはない、というのがミソである。 読書サイトを見ている限りでは、「マユ」の悪女っぷりを非難する意見が多い。だがこのカップルは本当にマユだけが悪いのか?と考えると、私は明確に「否」と答える。 鈴木が、ニュートンアインシュタインの区別ができないマユをバカにして泣かしてしまったこと。 ホテルでの初体験の時、彼女をいささか粗雑に扱ったこと(具体的な描写はないが、行間からはそのような出来事があったことが窺える)。 彼女の部屋探しに散々付き合わされたことを根に持っていること(彼女の優柔不断が気に入らなければ、さっさと別れればいいのだ)。 そして最高にムカつくのは、酔っ払って彼女をラブホに呼び出し、けんかになったあげく彼女を叩いたこと。マユが鈴木の浮気をとがめた時も、鈴木は逆上した様子を見たマユが「暴力はやめて」といっていることから、彼は恒常的にマユに暴力を振るっていたのだろう。ちょっとしたことでキレる男と、彼の暴力暴言に堪える女。なんだか、マユが哀れに思えてならない。 物理学科の「鈴木」(以下「物理」)が、マユとつきあい始めた頃からこのような態度をとっていたのか、本作では具体的な描写はない。だが彼の述懐を読む限り、マユのことを本気で愛していたかどうかはすこぶるあやしい。彼の横暴な態度に嫌気がさしたマユは、彼がいない隙を狙って他の男性と関係し妊娠する。うろたえた「物理」は散々悩んだあげく、彼女の「中絶する」という決断を受け入れる。「物理」の子ではないことは、彼女とのSEXの度に「物理」がコンドームをしていたという述懐から明らかになる。 数学科の「鈴木」(以下「数学」)と出会った合コンだって、おそらく「物理」の目を盗んで参加したのだろう。だが彼女は「数学」を一目見て、彼は御しやすい人間だと判断したようだ。「数学」は彼女に恋心を抱くようになるが、実際はマユがそのように仕向けたというのが正解だろう。この時点で、恋愛に関しては海千山千になっている(と思われる)マユにとって、この程度の男を籠絡するのはお手の物。「体調が悪い」といっていたのは中絶するためであり、「数学」にはじめて抱かれる時、執拗にコンドームにこだわったのはそのトラウマが残っていたからだが、女の機微を察する力が皆無である「数学」は、そんな彼女の事情なぞ知るよしもない。「数学」の童貞喪失の場面は「ああ、俺の時もそうだったな」と思う読者も多いだろうが(因みに管理人は…お察しください)、普通の男性にとって感動的な「童貞喪失の相手」が、男性経験豊富な女性だったと知ったら、「数学」はどんな気持ちになるのだろう。「数学」はその後もマユを一途に思い続け、クリスマスプレゼントを送るのだが、マユはそのプレゼントを喜んで受け取る一方で、元カレである「物理」からのプレゼントを送り返した… とまあ、とりあえずはマユに同情的な記事を書いてはみた。だが女ってやっぱり怖ろしいなあ。SEXだって、一度快楽の炎が点灯した女性は、男のスタミナが尽き果てるまで激しく燃えまくるというし(高学歴の女性ほどそれが顕著らしい)、従順にしていると思うとその陰で別の男を物色しているし、女というのは実に不可解な、そして不気味な生き物だ。「俺ってモテモテじゃん」と思っている男性諸君、そう思っている男性を女性は「なにあの勘違い男」とせせら笑っているのかも知れないのだよ。この本を読むと、男子が草食化するのも宜なるかな、と思わざるを得ない。 最後に一言。この作品は最近映画化されたのだが、この作品に必要不可欠なベッドシーンはほぼないらしい。因みにヒロイン役は「脱ぐ脱ぐ詐欺」の女優としてファンに認知されつつある前田敦子(写真集ではセミヌードを披露しているのに…)。彼女は「必要なら脱ぐ」といっていながら、今作でも脱いでいないらしい。いつになったら「完脱ぎ」するのだろうか?ファンは彼女の美しい裸体を拝める日を待っているのだが…。