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Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

反貧困の学校―貧困をどう伝えるか、どう学ぶか

この本が出てから7年経つが、生活保護者の状況は当時より悪くなっているのはなぜなのだろう?

2008年3月29日、東京都内のとある公立中学校で「貧困撲滅」を訴えるシンポジウムが開催された。このシンポジウムに参加したのは、ワーキングプアサラ金で苦しむ人たちの救援団体、労組、婦人団体など総勢90を超える団体と、1,600人を超える参加者たち。この本は、そのシンポジウムの様子を収録した本である。 「貧困」と聞いて、まず頭に思い浮かぶのは「生活保護」制度だが、この本を読むと、生活保護受給者に冷ややかな目線を向けているのは日本だけで、海外では「苦しくなったら、生活保護に頼るのは当たり前」という意識が常識になっていることがわかる。日本における「生活保護」のあり方は、海外メディア関係者には異様に感じられるということが、冒頭に掲載されている、海外メディア特派員の討論会で明らかになる。 「生活保護」制度は、困窮者にとって最後の頼みの綱なのだが、生活保護受給者を諦めさせようとする「水際作戦」が、こともあろうに実際は役所・福祉事務所により実施され、それを阻止しようとする団体NGO側が行使するケースが多発している。実際に需給にこぎつけても、役所からあれこれ言われるケースも多い。年末年始の「年越し派遣村」運動のおかげで、派遣切りをされた人たちに対し、以前よりは生活保護需給がしやすくなったという報道もされているが、ほとぼりが冷めればまた「水際作戦」が復活するのではないかと、運動関係者は危惧している。 さらにこの本では「貧困問題」が、教育や徴税業務の面にも深刻な影響を及ぼしているということを明らかにする。貧困家庭では、必要最低限の学費を払えず高校進学をあきらめてしまうケースが多いという。福祉児童手当が削減される傾向にあるからだ。民間のボランティアが、貧困家庭の自動の高校進学をかなえようとサポートしているが、それでも彼らの将来は険しい。 徴税業務においても、サラ金の取立てと違わないほどのケースが目立つという実態が明らかになる。深刻化する不況による売上不振で、税を滞納する個人商店が急増しているが、国税徴収法地方税法では、生活を破壊するような滞納処分や差し押さえを禁止する規定がある。しかしこの規定も先ほど触れた「水際作戦」同様、実際は守られていないケースが多いそうだ。小泉内閣が推進した「三位一体の改革」における地方交付税が削減された結果、税収不足を補うために地方自治体当局が、税金滞納分の分割納付を認めなくなったからである。各種控除が廃止され、生活が立ち行かなくなっているにもかかわらず、である。また、この本では消費税の正体についても明かされている。消費税は売上金の5%を徴収するのだが、消費税法では、輸出分についてはこの税金は課税対象外とされている。また企業の総仕入は非課税とされているが、大企業の多くは人件費を外注分として計上しているため、その分には消費税が課税対象とならないというのである。財界が「消費税値上げ」を叫ぶのは、こういう理由があるからだということが、このシンポジウムで明らかになるのだが、この点を指摘するメディアは皆無である。 最後に、労働組合関係者による討論会の様子が収録されている。連合全労連傘下のフリーター労組、独立系のフリーター労組が参加したこのシンポジウムで、この問題はもはやイデオロギーを超えたものになっているということが認識されるのだが、 残念ながら連合本体内部から、このシンポに参加したことに対する批判の声が多数上がったという。連合傘下の有力労組幹部の中には「われわれは『年越し派遣村』みたいなことはやらない」とはっきり言い切る者もいる。しかし連合傘下の電機労連所属の一部労組は、派遣切りにあった労働者のためにカンパを募るところも出てきているなど、組合によって対応に温度差があるのが残念だ。 シンポを企画し、この本を編集した「反貧困ネットワーク」は、分野と政治的スタンスを超えたつながりを作ることを趣旨として活動するが、このシンポに参加した団体は労組・生活保護支援団体を始め、医療支援団体、教育など広範囲に広がっている。 この本を読んで、日本の「貧困問題」がどんな問題を抱え、具体的にどのようにすればよいのかを理解してくれることを切に願う。

ここまでが、前のブログに書いたときの文章である。この書評を書いてからかれこれ7年経つが、生活保護受給者が置かれた状況は、当時に比べて格段に悪くなっているというのが実態である。 生活保護受給者に大打撃を与えたのは、2012年4月に発覚した生活保護受給問題である。これはとある芸人が、扶養能力があるにもかかわらず母親に生活援助をせず、母親は15年間も生活保護を受給していた。ところがこの事態をとある国会議員が国会で取り上げ、マスコミがセンセーショナルにこの問題を取り上げたことで「生活保護受給者バッシング」が起こった。もともと生活保護制度は、財政的に頼れる人がいない人のための最後の手段だったが、このことがきっかけで生活保護法は「改悪」された。具体的には、保護受給対象者は親戚全員で対象者の面倒を見るようにし、それができない場合に限って「受給対象」になる制度になったのである。制度が改悪される前は、受給が決定すると住んでいる自治体担当部署から、当座に必要な食料品などが送付された。またまじめに就労したり、就職活動をしている受給者に対しては、夏季・冬期に「ボーナス」という形で臨時給付があり、これは受給者にとっては大変役に立っていたのだが、開成を期にこの制度が廃止されたばかりか、月々の受給額も減らされ、今年(2015年)になってからは住宅手当も減額された。心ある担当者は、この制度改悪に反発しているが、この声が為政者には届かない。「生活保護受給者バッシング」では大々的に報道したメディアも、この問題に関してはほとんど触れることはない。 当時の報道では「雇い止め」という言葉がしきりに使われたが、なぜメディアは「勤務先を解雇された」と書かないのか、不思議でならなかった。今から考えるに、派遣労働者を雇用していた会社の多くは、メディアの大スポンサーだから、彼らも大企業のことを悪く書けないのだろう。というより、記者と大企業関係者には大学の同級生というケースが多いのだ。だから企業に入った人間はメディアにちょっとした圧力をかけられるだろうし、メディアに入社した人間も「自己規制」するようになる…とウダウダ書いているが、ようは企業もメディアも、自分より立場の弱い人間のことを考えていないのだろう、と思ってみたりしている。 先述の通り生活保護受給者バッシングが吹き荒れたが、実際の不正受給者は数%に過ぎない。一部の不正利用者のために、多くの真っ当な利用者が白眼視されるのはたまらない。バッシングといいボーナス廃止といい、多くのまじめな受給者を虐げるのはいかがなものか?「貯金しろ」と福祉事務所はいうが、正社員ですら貯金できないほどの安月給で、過労死寸前までこき使われている現状を、誰も厳しく指摘しないことの方が異常なのだが。

ああ、つくづく貧乏が憎い。