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Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

「早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした」

彼は「氷河期時代を代表するフリーライター」を自称するが、彼みたいな人間が「氷河期世代」の代表だと思われてはたまらない。 これは明くまでも、筆者自身の「恨み辛み妬み僻み憎しみ」をまとめたものであると思った方がよい。

 

「氷河期時代を代表するライター」を自称するジャーナリスト・小林拓矢の初の単著である。 小林は1979年山梨県生まれ。山梨大学教育人間科学部附属中学校駿台甲府高校早稲田大学という、世間一般がうらやむようなエリートコースの経歴の持ち主である。大学4年と5年(つまり、就職活動のために1年留年した)の時に朝日新聞を受験したが不合格になり、就職先が未定のまま「社会」という名の荒野に放り出された。 大学卒業後、都内のハローワーク主催の山梨県出身者を対象にした企業説明会に参加し、県内のIT企業の社長に見込まれ「社会人デビュー」を果たす。だが入社したものの、来る日も来る日もプログラミングの課題をこなす毎日。本人なりに頑張っていたのだろうが、会社上層部は彼をこの職種に不向きと判断したのだろう。研修期間中に「解雇」を言い渡される。 次に入ったのは、為替証拠金取引の会社だった。担当業務は「顧客に対する電話営業」だったが、実際は電話帳で資産を持っていそうな顧客を探し出し、電話をかけて取引をするようお願いするという仕事だった。就業規定では朝9時始業のはずが、実際は朝7時に出勤し、当日のノルマが達成できなければ深夜まで会社にるのが当たり前という社風だった。当然こういう会社では、残業代は一円も出ない。社内の雰囲気になじめない(なじめる方がおかしいのだが)彼は社内でいじめの対象になり、心身ともボロボロの状態になっていく。「新聞記者になる」という夢に拘っていた彼は、忙しい業務の合間を塗って試験に臨むが、彼を受け入れる新聞社は現れないまま、退職してフリーライターになる決心をする。しかし仕事の依頼は少なく、生活に窮した彼は山梨に帰郷し、仕事の時だけ上京するという生活を送る。 3社目の会社で、彼は念願の「記者」という仕事にありつく。だがこの会社でも彼は「精神的な虐待」を受け続けたあげく、鬱病を発症してしまう。結局彼は1ヶ月ほどでこの会社も退職し、再び山梨に帰郷する。帰京後彼は、この連載のもとになる記事をブログに綴る。細いコネを頼りにこの記事を企画書にまとめ、あちこちの出版社に売り込む。しかし実績不十分のフリーライターの企画を受け入れる奇特な出版社はいない。その後フリーのライターとして実績を積み、名前を知られるようになった彼は「就職氷河期に就職できなかった学生が、今どんな生活を送っているか」をテーマにした連載記事をブログで発表する。この本は、彼が運営するブログ「他山の石書評雑記」に30回にわたって連載した「就活失敗~結局、正社員になれなかった」というタイトルの記事を書籍化したものである。 しかしこの本は、著者が「味方・同志」と思っている「氷河期世代に学生だった」世代から猛烈な反発をあびる。彼が開設していたTwitterFacebook、そしてこの記事を掲載していたブログには、彼に反対する抗議の意見が殺到し炎上する。Facebookのフィードは「友人限定」に変更し、Twitterは公開→非公開を繰り返したあげく現在では非公開になり、ブログは事実上の閉鎖に追い込まれた。それは本書で 「自分は早稲田を出たのに一流企業に就職できず、これだけ酷い目に遭ってきた。だから会社が悪い、俺は悪くない」 と、事ある毎に強弁を繰り返しているからだ。 なるほど、森永卓郎獨協大学教授が日刊ゲンダイの書評で指摘しているとおり、確かに2つめの会社はブラック企業である。この会社は、筆者が退職してまもなく違法取引で警察に摘発され、それが原因で倒産する。この会社が行っていた「電話営業」というのは、詐欺すれすれ(というより、この記事を読む限りでは「詐欺そのもの」)の営業だった。下手をすれば、彼自身も「犯罪関係者」として指弾される可能性があったのである。摘発前に退社を決断した彼は、運がよかったというより、詐欺に近い営業活動に、彼の良心が悲鳴を上げたというのが正解だろう。 これに対して1社目のIT企業と、3社目の業界紙を「ブラック企業」と認定するには疑問がある。日本の会社の99%は「中小企業」だが、ほとんどの中小企業は日々目の前の利益確保に追われ、人材育成・社内の設備投資にエネルギーを割くことができる会社はほとんどない。彼を採用した社長は 「早稲田を出たのだから、当社の業務を理解できる能力はあるに違いない」 と考え即戦力となれる人材と判断したから、筆者の採用を決めたのだろう。だが実際にはプログラミングの問題を解かせてみると、彼はその内容を理解するのに四苦八苦。何しろ、必要なソフトをPCにインストールするのに難渋するのである。これではこの業務をさせるのは難しいと、人事担当者に判断されるのもムリはない。人事は 「まだ若いのだし、傷が浅いうちに引導を渡した方が将来のためだ」 と思って彼に解雇通告を下した。会社側から明らかに「能力不足」という判断をしたのに、彼は逆恨みしたあげく、ハローワーク主催の別の就職セミナーで再会した人事担当者に詰め寄るという騒動を起こしている。こんなことをしたら、ハローワーク担当者から目をつけられるかも知れないと思わなかったのだろうか? 3社目の業界紙の件に至っては、彼の行動はとても同情できない。自分で実績があると思っていても、その会社に入った以上は「新人」として、その会社のやり方にあわせるべきだと思うのだが、彼にはそれができない。上司・先輩から指示を受ける→やり方が気に入らないと反発する→周囲から叱責される、の繰り返し。筆者は大学で社会学を専攻し、業界紙入社前は、フリーライターとして活動していたから、その知識が「組織人」として生きることの妨げになったことは否めない。上司・先輩をバカだと罵り、そのやり方は学問的には間違っていると彼は述べるが、上司や先輩・同僚から見たら、筆者みたいな人間は扱いにくい鬱陶しい存在だったに違いない。だからこそ会社は(著者が言うところの)ムチャクチャな仕事を彼に振った。こんな面倒くさいヤツの面倒は見たくない、ムチャクチャな仕事を振ったら退職するだろうと、会社側は思っていたのだろう。だが被害妄想に囚われていた彼には、会社や先輩に対する恨み辛みをいっそう募らせていく。 本書を読み進めていて腹が立った部分は、業界紙で彼がやらかした「得意先に対する電話応対」のトラブルについての記述である。先方が激怒して今後の取引を打ち切ると通告し、先輩や上司が、筆者に対して電話に出ることを禁止すると通告したのだから、彼はよほど先方に失礼な応対をしたとしか考えられない。なのに彼はこの会社をネットで検索し、この会社が自民党の大物政治家が経営に関与しており、この会社が社員にパワハラ行為を働いていたと逆ギレする始末である。自分のしでかしたことを棚に上げ、ひたすら「俺は正しい、俺を理解してくれない世の中や会社が悪い」といっても、誰も同情してくれないのは当然のこと。著者が会社内で孤立する事態になったのも、はっきり言って自業自得としかいいようがない。 さすがに本件では、ずっと彼を応援してきた人間も違和感を覚えたのだろう。何しろこの記事では、彼が先方にどんな電話応対をしたのか、一切書かれていないからだ。ブログに記事が掲載されたとき、ブログ読者の一人がTwitterにて 「どんな電話応対をしたのですか?あなたにも非があったからではないですか?」 と質問してきたが、彼はその質問に対して誤読だと居丈高に反論し、自分は悪くないと強弁してきたのには驚いた。どうやら彼は自分の都合の悪いところは徹底的に隠し、ひたすら相手の日を責め立てる性格の持ち主のようだ。 これでは知人・友人でも、彼を理解し支援するのは難しいだろう。 この本を読んでいて、彼が「正社員になれなかった」のは、就活の方法にも問題があったのではないか、と思っている。朝日新聞に入るのは、並大抵のことではないことはわかっているはずだから、他の新聞や雑誌社・出版社に入社し、そこで経験を積んでから改めて朝日新聞を目指した方がよかったのではないか。彼が言うところの「ジャーナリズム」にこだわるのならば、テレビやラジオの世界も志望対象に入れた方がよかったのかも知れないし、「書くこと」が最大の目的だったら、業界紙広告業界でもよかったはずである。いずれにせよ、彼が正社員に慣れなかったのは視野の狭さが災いしたことは確かである。 彼が就職できなかったのは不運だと思う。だがそうなったのは、彼の性格と考え方にも原因があると断言できる。本書から滲み出る被害妄想と視野狭窄のおかげで、ネット上では「この本自体が炎上商法」と言われる始末であるが、とりあえず知名度アップには成功した。だがその性格と考え方を改めようという姿勢を見せない限り、仕事の幅は広がらないだろう。