Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

「アメリカは、キリスト教原理主義・新保守主義に、いかに乗っ取られたのか?」

2008年に行われたアメリカ大統領選において、民主党候補バラク・オバマが勝利を収めたことに、安堵の声を上げた人はおそらく多いだろう。2001年に発足したブッシュ政権は、「京都議定書」からの離脱宣言に始まり、国際刑事裁判所条約の批准拒否、「9・11」から「イラク戦争」等々、複雑になる一方の国際関係に深刻な禍根を残すのではと懸念される政策を、次々と強行してきた。国内政策においても、2005年8月末にニューオリンズを襲ったハリケーン「カテリーナ」の後始末でも後手を踏むなど、その手腕に疑問を持たれることも多かった。そのため、2009年から発足するオバマ政権は、ブッシュ政権よりもかなりよくなるのではないかという見解を表明する、国債関係学者やメディア関係者は多かったに違いない。だがこの本を見る限り、アメリカに深く根付いた「原理主義」「宗教右派的」な考え方は、オバマ政権になっても簡単に衰えないだろう。なぜなら宗教右派に代表される原理主義者たちは、長期にわたってアメリカ国内世論の「右傾化」に力を注いできたからである。 筆者は、この本で 「左派・リベラル派は簡単に結果をほしがるが、右派とりわけ『宗教右派原理主義者』といわれる面々は、自分の目的を達成するために時間とお金をたっぷりかけ、徐々に自分の思い通りの結果になるよう世論を導く工作をする」 と指摘する。言い返せば、アメリカがまともな国になるためには、今宗教右派がやっている工作を、左派・リベラル派がやらなければならないのだ、と警告する。彼ら宗教右派原理主義者の思考の根底にあるものとして、著者は「聖書(これですら著者から見れば、でたらめでおぞましいものである)」の存在をあげる。われわれは神によって作られたものである、この世の生物は、神によって創造されたものである、と。驚くべきことに、アメリカ国内において、ダーウィンの「進化論」を否定するクリスチャンは、アメリカ国内で6割を超えるという。「進化論」を否定するだけでも問題なのに、彼らにとっては地球温暖化の問題ですら「神が与えた試練」であり、神を信じるものだけが救われるのだと頑なに言い張る。 原理主義者に代表される「宗教右派」と言われる人たちの過激な主張は、公教育の現場に「聖書」を教えるよう要求するだけにとどまらない。科学教育の現場を否定するだけでは気が済まないらしく、科学研究結果のデータですら自分たちの都合のいいように改ざんするよう要求する。実生活においても社会福祉という概念を公然と否定し、上流階級の教育費の増額を要求する一方、下層階級の教育費削減をなんとも思わない。階級格差や人種差別に反対する人たちは、神を信じない人間だから救う必要がない。これが彼らの主張だが、この本を見る限り「宗教」って、いったいなんだろうと思ってしまう。「宗教」は人を幸せにするためにあるものだが、ここでは「自分と違うものは差別の対象」という意味で使われてしまっている。 彼らの主張の成果が、2007年以降全米各地で湧き起こった「ティーパーティー運動」である。2008年アメリカ大統領選における、共和党の副大統領候補サラ・ルイーズ・ペイリンは、ティーパーティー運動関係者から圧倒的支持を受けたものの、いざ選挙戦になると、ペイリンは副大統領としての資質を疑われる発言を連発し、結果的に共和党敗戦の戦犯の一人となってしまった。そのためこの運動は一時期低迷したものの、2014年の中間選挙において、彼らは未だに侮りがたい存在である事を見せつけた。全米を代表する新聞であるニューヨーク・タイムズの著名コラムニストは、2010年に掲載したコラムで、この運動はアメリカ国内経済の低迷による景気後退を背景に、既成政治への不満や閉め出された不満分子の受け皿となったと背景を指摘した。その上で彼はこの運動を今後10年を特徴付ける政治運動となる可能性があると述べ、ティーパーティーがいずれ共和党を支配するだろうと予想した。 もちろん、ティーパーティー運動の関係者が全員共和党を支持しているわけではなく、支持する政策が合致する候補者を支援すると答える人が大部分を占める。しかしこの運動の主宰者の中には 「ティーパーティーは共和党に従属するような関係を望んでいるわけではなく、我々は共和党を敵対買収するつもりだ」 と発言するものもいることから、この精力が共和党を乗っ取るのでないかという見方がかねてから有力視されていた。今回(2016年)の大統領選において、ティーパーティーが積極的に支持するドナルド・トランプが旋風を巻き起こしていることから、彼らの予想は見事に的中したといえる。トランプ候補は、共和党候補者として出馬しているが、彼の外交政策が、共和党の伝統的な政策と全く異なっていることから、共和党の重鎮と言われる政治家を中心に、彼を共和党の大統領候補にするのを阻止しようという動きが急速に高まっている。しかしトランプを支持する共和党員は、この動きに対し猛烈に反発する姿勢を見せている。そのためアメリカのメディア関係者及びアメリカ政治の研究者からは、最終的に共和党は、彼らタカ派の極右勢力に乗っ取られてしまうのではないか、という意見を持っている人も少なくない。 ニューヨークやワシントン、サンフランシスコなどの海岸部や都市圏から発信されるメディア記事だけで、アメリカの国内情勢を判断すると大やけどする。オバマ当選は、まだ少なからず残っているアメリカ有識層が決起した結果でもある。だが宗教右派原理主義者といわれている連中は、金集めのための財団だけでなく、自前の教育機関(研究所、大学などの各種学校)と報道機関(新聞・テレビ・ラジオ)を持ち、その傘下に信徒団体(教会・集会所・各種団体)を持っているので、政権が右から左に変わっても、民衆の性格は簡単に変わらないだろうというというのが著者が出した結論だ。この本は、カルト宗教が力を持つアメリカの暗部を暴露しているといえるだろう。彼らは今回の大統領選で、どのような投票行動をとるのか?そして自分たちの胃に染まらない候補が大統領に就任し続けたら、どのようなるのか?考えただけでゾッとするといわざるを得ない。