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Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

「資本主義と自由 」

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この本は、世界中に貧富の差を拡大させる原因を作った「グローバリズム」の理論的支柱であり、ブッシュ政権下で多大なる影響力を持った「ゼネコン」一派の師匠的存在である、ミルトン・フリードマンの代表作である。この本は今から半世紀以上前に書かれた(1962年刊行)が、驚くべきことに彼は、その頃から「もっと自由を!」と叫び続けていたのである。 本書について記述する前に、フリードマンについて知らない人が多いようなので、この機会に調べてみた。 筆者は1912年、ユダヤ系移民の子としてニューヨークで生まれる。飛び級により15歳で高校を卒業後、コロンビア大学など3つの大学で学ぶ。シカゴ大学では経済学を専攻し、同大学を卒業後に進学したコロンビア大学で博士号を取得した後、アメリカ連邦政府コロンビア大学に勤務する。その後母校シカゴ大学で教鞭をとり、後進の育成に尽力した。ニクソン大統領政権が発足すると、大統領経済諮問委員会のメンバーに就任する。同委員会在籍時代の業績として、1969年に変動相場制提案があげられる。このほかにも世界各国で政策助言活動を行い、1982年から1986年まで日本銀行の顧問を務める。その功績をたたえられ、1986年に日本政府(当時の総理大臣は中曽根康弘)により、勲一等瑞宝章(現:瑞宝大綬章)を授与された。 1976年、消費分析・金融史・金融理論の分野における業績と安定化政策の複雑性の実証をしたとして、フリードマンノーベル経済学賞を受賞した。しかし本人は 「私は、ノーベル賞がよいことであるのかどうかについて、大きな疑問を抱いている。ただし、そのようなノーベル経済学賞についての疑問は、ノーベル物理学賞についても同じく当てはまる」 と語るなど、ノーベル賞について懐疑的な意見をしている。彼は世界各国で政策提言活動をしたが、その中にチリがあった。当時のチリの政権は、国民に強権的な政策を行っていたピノチェト将軍が率いていた。そのため、彼は同政権と密接な関係を持っていたのではないかと、各方面から疑われた。経済学に限らず著名な学者は全員、彼の受賞に異を唱えた。彼の受賞に異を唱えたのは、一般市民も同様だった。授賞式が行われたスゥエーデンでは彼の受賞に抗議するため、数千人規模のデモ行進が行われた。しかしフリードマン本人は、チリ政府との関わりとはないと主張した。ストックホルムのデモについても 「ナチズムの匂いが漂っており、鼻が腐りそうだ。言論の自由において、都合の悪い発言を抑え込むようなやり方は許されない」 と発言し、デモ行進を非難した。1988年、アメリカ国家科学賞と大統領自由勲章を授与された。2006年11月死去、享年94歳。 本書は皆様ご存じの通り、彼の唱える「新自由主義」理論をまとめた一冊である。 「新自由主義」とは、一言で言えば「市場のことは市場に聞け」、つまり私に言わせれば「市場性善説」といっていいだろう。この本は徹頭徹尾 「市場に生き残れるものはみな良い物である」 という考え方で一貫している。彼に言わせれば、ありとあらゆる規制は「市場の邪魔」であり、市場を通過したものは未来永劫まで残る、ということである。市場に任せれば世界は幸福になる、戦争もなくなる、貧困問題もなくなる。だから、人々は「市場」という名の「神様」にハイハイと従っていれば、みな幸せになれると熱心に説法する「市場教」開祖様の姿がここにある。彼を支持する人間によれば、経済学の世界では「市場は民間経済で作ることが前提で、政府はそれを是正する立場にある。だから国営を主張するのであれば、政府が 「市場の失敗を論証しなければならない」 のだそうだ。 へぇ、そうですかい?「民間で採算が取れない分野は政府がやらなければならない」と、高校の「現代社会」の教科書・参考書には書いてあるはずですが。「民間企業」は、お金にならないことには手を出さない。採算の取れない事業に手を出して赤字決算になったら、普通の企業は経営陣が変わるし、下手をすれば法律で処罰される。これは中学生でもわかることだ。つまりフリードマンと彼を支持する連中は 「金にならないことには手を出してはいけな い」 といっているに等しい。 小泉内閣が推進した、一連の「構造改革」は、彼の理論を下敷きにしている。その結果、日本はどうなったか?ありとあらゆる分野で不正が横行し、エゴイズムが跋扈し、貧富の差が拡大した。「金儲け」のためなら平気でウソをつく輩が続々と誕生し、結果日本国内でまことしやかに語られてきた「安全神話」は崩壊した。崩壊したのは「安全」だけではない。未来も、雇用も、人々の「心」の安定も、社会保障も、そして年金も。 貧富の拡大は人心の荒廃を生み、治安は悪化し、精神状態に異常をきたす人も増えた。金持ちは、不幸な立場に立たされている人たちを慮るどころか、逆に「自己責任」だの「できない人間が悪い」という言葉(というより「フレーズ」に近い)で、彼らを突き放す。お上が「国民」という従順な羊にかような概念を吹き込んだ結果、本来ブルジョワ階級が持つべき「高貴なる者の義務」という精神は、きれいさっぱり消えてしまった。近年日本で頻発しているツアーバスの事故だって、常軌を逸した「規制緩和」がなければ、本来なら起こらなかったであろう。 2007年から2008年にかけて、アメリカで発生した「サブプライム住宅ローン危機」と「リーマン・ショック」は、フリードマン一派が推進した「新自由主義」のなれの果てだといえるだろう。政府が金融機関に資金を投入すべきか否かを巡り、アメリカの世論は真っ二つになった。議会や民衆は 「ウォール街で何十億も稼ぐ連中のために、われわれの血税を投入するな」 と絶叫したのに対し、「ウォール街」で働く人たちは 「このままでは国全体が立ち行かなくなるから助けてほしい」 と哀願した。結果として政府から金融業界に多額の資金が投入されたが、それに反発する人たちはウォール街で 「我々は99%だ!」 と絶叫しながらでも更新する光景を、覚えている人も多いだろう。マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「キャピタリズム~マネーは踊る~」は、この騒動を題材にした作品である。 1990年代後半末期から広がった「グローバリゼーション」は、「富める者」と「貧しき者」の格差を広げた。テロや戦争、地球温暖化に代表される環境問題はもちろん、今日(2016年6月24日)決まったイギリスのEU離脱も、突き詰めれば「グローバリゼーション」の悪影響といえるだろう。混乱が深まり、いっこうに光が見えない世界の現状について、彼は天国からどんな思いで見ているのか、今となってはそれを確かめる術はない。だが冒頭に掲げられている巻頭言を見る限り、彼の頭の中には「どうだ、時代が俺に追いついた」という高笑いしか伝わってこない。不幸で苦しんでいる立場の人間を、彼は一顧だにしないだろう。 この機会に、彼の理論を頭に入れておくことをお勧めする。 そして、彼とその信奉者が犯した罪も、この目でしっかりと確かめておくべきだろう。