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Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

「クララ白書&クララ白書パート2」

コバルト文庫 少女小説 日本文学 氷室冴子

1980年代から90年代にかけて「少女小説」の世界で一世を風靡した、氷室冴子の学園コメディの傑作である。 徳心女子学園中等部に通う主人公・桂木しのぶは、家庭の事情で、学園内にある寄宿舎・クララ舎に入寮することになった。彼女の同期は漫画家志望でうどん屋の娘・佐倉菊花と、酒蔵の娘・紺野蒔子の2人。新しくクララ舎にはいる生徒は、とある「洗礼」を受けなくてはいけない。彼女たち3人に出された課題は、クララ舎で寄宿生活を送っている生徒45人分のドーナツを作ること。その苦行を乗り越えるために、3人は一致団結して知恵を絞り、作戦を立てるのだが…。 この作品の最大の魅力は、強烈な個性を持つ、主人公3人組の存在である。 やさしいが単純、そしてどこかぼけたところがあるしのぶこと「しーの」。 ナルシストを絵に書いたような性格の蒔子こと「マッキー」。 何かある度に自説を主張し、絶対に譲らない菊花(「きっか」と読む。彼女だけが、名前と愛称が同じである)。 彼女たち3人のやり取りだけでも「濃い」ものを感じさせるが、この作品に出てくる先輩、後輩、同級生たちも、彼女たちに負けず劣らずの曲者ぞろいである。 何しろ、先輩方の「別名」からしてぶっ飛んでいる。 「きらめく虹子女史」 「清らなる椿姫白路さん」 「奇跡の高城さん」 なんて、この学校は宝塚かなんかかと思わず突っ込みを入れたくなるが、これには理由がある。

実はこの人、宝塚歌劇団のファンクラブ会員だったことがあるのだ。宝塚歌劇団をテーマにした漫画の原作を書くことになり、それをきっかけに宝塚に住むことになった。そして正体を隠してファンクラブに加入し、他の会員と一緒にファンクラブ会員の活動をしながら作品の原稿を書いた。ファンクラブでは準幹部の地位まで出世したことを、後年書かれたエッセイの中で明かしている。しかしそのエッセイの中で、自分が作家である事を公開したのか、ファンクラブに入った理由が、漫画の原作を書くことであるかを告白したのかは、管理人はその作品を読んでいないのでわからない。作者が宝塚に転居したのは、本作が刊行された翌年(本作刊行は1980年)である事から、作者はもともと宝塚のファンだったのだろう。物語の中に出てくる文化祭等の学校行事において、後輩が先輩に夢中になる様子が頻繁に出てくるのは、その影響が残っているからかも知れない。 作者は公立共学校出身だが、物語の舞台を「カトリック系女子校の寄宿舎」に設定したのは、著者自身がこの学校にある種の憧れを持っていたからと思われる(モデルになったのは、北海道を代表するお嬢様学校である)。入舎時のドーナツ作戦を皮切りに、しのぶたちの身の上に起きる、信じられないような出来事の連続に「(お嬢様学校の)女子校怖い。女子の世界怖い」と怯える男性読者もいるだろう。もちろんこの学校で起きている出来事が、「お嬢様学校」の実態とは思えないが、現実世界でこれらの出来事は日常茶飯事だったら、生徒は精神的なストレスを感じるだろうなあ。物語の展開に深みが感じられないところもあるが、勢いだけで最後まで読ませてしまう筆者の筆力には、ただただ脱帽するのみである。しかもこの作品を出版したのは、まだ23歳のときだというのだから驚く。 彼女が活躍していた時代は「少女小説」というジャンルが隆盛を極めていた。実は、彼女が出現する前からも「少女小説」というジャンルは存在した。戦前は吉屋信子らの作品が、当時の少女らに愛読されたのだが、戦後まもなく下火になってしまう。1970年代前後、「少女小説」のジャンルで活動している作家は、出版界界隈からも「変人」というレッテルを貼られていた。その当時の様子については、彼女の代表作である「少女小説家は死なない!」に詳しく描かれている。 彼女の名前が世間に広まるのと同じくして、藤本ひとみ正本ノン久美沙織田中雅美ら、文章力やストーリー構成力に秀でた作家たちが続々と登場する。彼ら彼女らの多くはファッションセンスやルックスにも秀でる部分が多かったこともあり、バブル時代には多くの出版社が「少女小説」を扱う文庫レーベルをつくり、市場に参入した。この時代には、世間から「オタッキーなSF本ばかり発行している」と見なされていたハヤカワ文庫も「スイート・ヴァレー・ハイ」シリーズという外国の少女小説シリーズを発行し、後年数々のスキャンダルを起こした元女流棋士林葉直子も「トンでもポリス(通称「とんポリシリーズ)」という作品を書いていた(それなりに面白かった記憶がある)。 しかしこの時期にデビューした「作家」の作品のほとんどは、作品の質・書かれる内容・文体そのいずれもが、読むに堪えず、多くの読者から「作家・作品の粗製濫造」「二戦級・三戦級の少女マンガ原作を『少女小説』として売り出しただけ」とバカにされた。バブル景気崩壊とともに、彼らの姿は一部をのぞき「文壇」から消え、その作品も多くが絶版になった。あの頃「先生」と持て囃されていた作家は、今どこで何をやっているのだろう?現在は「ライトノベル」が隆盛を極めているが、私からいわせれば、この分野も20年以上前に流行った「少女小説」と同じ運命を辿るのではないか?「少女小説」と「ライトノベル」は、30年後、50年後の日本文学研究者からは、どんな評価を下されるのだろうか気になる。 1990年代後半以降、彼女はほとんど作品を書かなくなる。Wikipediaでは「体調を崩しがちだったため」とあるが、個人的には、自分が活動範囲としていた「少女小説」の分野に、一定水準に達していない作家や作品が世間に多くなり、自身と自作が彼らと同類にされるのを嫌ったのではないか?と推察する。もしそれが本当なら彼女の沈黙は、作家・作品を粗製濫造する出版界への、無言の抗議なのかもしれない。 彼女は2008年、51歳の若さで亡くなる。出版された作品は一部がネット上の「青空文庫」や新装版の形で復刊・再版されただけで、ほとんどの作品が絶版になっているのは、彼女の業績から見ると、不当といわざるを得ない。2018年で没後10周年になるから、それにあわせて彼女の作品の再版をして欲しいと思うファンは、私だけではあるまい。