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Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

「2016年9月の読書リスト」

今月、我が家に最新鋭のBDレコーダーがやってきた。今まで使っていたレコーダーのDVDディスクが壊れたので買い換えたのである。 今まで使ってきたレコーダーは、今まで使ってきたテレビが故障し、5年前に液晶テレビ(人生初の液晶テレビである)とともに購入したマシンである。当時は単純に「画面がフツーに映ればいいや」と思っていたので、性能面は全く考慮しなかった。その頃登場した最新鋭のテレビは「ネット対応」を謳い、テレビでもYouTubeを楽しめることをウリにしていた。その時はネット上で動画を楽しむのはPCだと思っていた私は、最新鋭機ではなく普通のテレビを買った。もちろんBS・CS放送を見るつもりもなかった。 ところが、私が購入したレコーダーはチューナーが1つしかなく、録画したい番組が重なると、どちらかをあきらめなくてはならない。そういうことはしょっちゅうだった。録画できる時間も「3倍モード」で25時間分(5年前の製品は「GB/TB」ではなく、「時間」で収録可能時間を表示していた)しかなかった。そのため残しておきたい番組がたまると、その都度DVDにダビングしなくてはならず、DVDプレーヤーに過剰な負担がかかった。繰り返されるダビングにDVDプレーヤーは悲鳴を上げた。2年前に故障して一度部品交換をしてもらったが、今回の故障は家電量販店が設ける「長期保証期間」ギリギリのことだったので、それだったら新しいマシンを買おう、という結論に至ったのである。 BSを見るようになると、旧マシンへの不満が増大した。この機械では、BS番組はVHSビデオの画質でしか録画できないのだ。しかも画面はハイビジョンではなく「標準」モードだから、表示される画面の範囲は狭い。チューナーを新しくしたことで表示画面の不満は解消したが、画質の不満は残ったままだった。何しろ、映画のエンドロールに登場する細かい字がきちんと読み取れないのである。だからこの夏に外付けHDD購入して番組を録画して番組を見たとき、その画質の違いに唖然とした。問題は、外付けHDDに録画したBS番組を、新しく買ったマシンにダビングできるのかどうかということだ。それにしてもBS・CSというのは、本当にカネがかかるシステムである。

さて、それでは先月読んだ本の紹介である。

ハイキュー!!(8)

青葉城西とのインターハイ宮城県予選3回戦、やっと決着。影山、日向の同期・山口が、ピンチサーバーとして公式戦初登場。だが緊張でガチガチの山口は、せっかくのチャンスをサーブミスという形で潰してしまう。だが皮肉なことに、これがきっかけで烏野の一体感は強まる。取って取られて取り返しの試合展開になった最終セットは、ついに30点台の攻防に突入。先にマッチポイントを掴んだのは烏野。だが青葉青城の壁は、現時点での彼らにとってはやはり厚くて高かった。敗戦の責任を一人でかぶろうとする影山、彼を慰める日向。この二人、やっぱりいいコンビだ。そんな彼らに奮起の言葉をかける武田監督の言葉は、本当に熱い。バレーボールについては初心者に毛が生えた程度の知識しかなく、作戦・采配面は烏養コーチに丸投げだが、生徒に対する心理面でのフォロー、その他諸々の雑事を一生懸命やり遂げる姿勢は、まさに教師の鏡というべきである。3年生たちは、今後の進路について相談する。通常3年生たちは、インターハイ予選終了後は引退するのが普通だが、彼らは来年の春高バレーに出場したいという。そんな彼らに、とある知らせが届く。

数学者たちの楽園 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち

BBCで放映されたドキュメンタリー番組「フェルマーの最終定理」の取材をもとに書き下ろした同名本で一躍有名になった、インド系イギリス人のサイエンスライターであるサイモン・レーナ・シンの最新作である。日本を含め世界70カ国以上で放映されているアニメ番組「ザ・シンプソンズ」に隠された、数学に関係するネタと数学史について、筆者独自の視点で読み解いていく。数学など自然科学オタクは、海外では「ギーク」と呼ばれているということと、このアニメが放映開始以来、かれこれ30年近い歴史を刻んでいるということを、私はこの本を読むまで全く知らなかった。海外アニメ特有の、一癖も二癖もある世界観は、自然科学や数学の高度な知識を有する脚本家によってつくられていることに驚く読者も多いだろう。残念なのは、このアニメが日本では地上波テレビ局では視聴できないこと(日本語吹替えもされていない)、後半になればなるほど扱われる内容が高度になり、数学や自然科学の分野に苦手意識を持っている人間には、読み進めるのが苦痛になることである。ただ訳文は読みやすく、脚注が丁寧なので、2回、3回と読み返せば、地頭のいい人間には理解度が深まるに違いない(「全読者」とは、あえて言わない)。入門書とはいえ、訳者に要求される知識量は半端ないなあと実感する。

猫は手がかりを読む

1960年代アメリカのとある地方都市を舞台に展開される、リリアン・J・ブラウンのミステリーシリーズ「シャム猫ココ」シリーズの記念すべき第1作(ただし日本では翻訳の関係で、本作が第2作目として登場した)。本作では美術をテーマにしているが、作者は美術館と美術館になんかしらの恨みがあるのではないか?と思う描写も多々見受けられる。だが一番の問題点は、前半にまかれた伏線がまともに回収されないうえ、事件の真犯人が犯罪を起こした動機も、主人公の回想によって明かされるという荒っぽい展開。主人公に新居を提供する「美術評論家」以外の登場人物にも、魅力がないというのはいただけない。猫の賢さと気位の高さは伝わってくるが、それに頼ってた作品という印象を受けるのはわたしだけだろうか?このシリーズは全部で31作が刊行されたので、アメリカのミステリー愛好家からはそれなりに支持されたと思われる。

キヨミズ准教授の法学入門

新進気鋭の憲法学者である木村草太・首都大学都市教養学部法学系教授が書いた、法学及び法律の入門書(新書)である。店頭でこの本を手に取ってページをめくると、ところどころイラストが出てくるが、正真正銘の立派な入門書である。主人公とそのクラスメートの質問に、大学法学部の教員二人が回答する形式で話が進んでいくのだが、「法律学」というお堅いイメージの学問を、ここまでわかりやすく書いてくれた大学の先生は、おそらく彼が初めてだろう。おそらく作者は、よほどいい先生に法律学の何たるかや、その魅力を教えられ、それを後輩達に伝えようという使命感で、この本を書いたのだろう。とかくお堅いというイメージが強い法律学の世界だが、ポイントさえつかめれば法律学はやさしいのだということ、法学部というのは、過去の判例解釈や法学的な考え方を学ぶところだということを知った。法学的な考え方は、社会に出るにあたって必要不可欠な知識なのだが、今の政権幹部の発言を注視していると、彼らの多くが、いかに法学的な思考ができていないかということを思い知らされる。なお筆者は法律学を修得するにあたり、経済学、社会学、政治学の知識をまんべんなく身につけることが重要だと語っている。言い換えれば、広い視野がないと修得できない学問、それが法律学という学問なのである。

ハイキュー!!(9)

顧問の武田がバレー部員にもたらした情報。それは今度の夏休みに、音駒高校バレーボール部ら他校と練習試合するという知らせ。日向らは色めき立つが、それには超えなくてはならない壁があった。それは高校生としての義務だが、彼らの中には、その義務ですら苦痛に思っている人間もいるようで、その壁を乗り越えるために彼らは四苦八苦。同じ頃、女子マネージャー・清水は、自分の後任を探すべく準備を進める。彼女が日向に提示した条件は「部活に参加していない1年生女子」。清水の勧誘活動にあこがれて、一人の女子生徒が申し出るが、彼女にも乗り越えなければならない壁があった…。人見知りでどこかおどおどしている女子生徒、谷地仁花(やち・ひとか)。だが彼女は頭がよく、勉強の苦手の影山、日向を献身的にサポートすることで、彼らと打ち解けていく。彼女の登場で、物語に新たな彩りが見られそうな予感。さて仁花は、男臭かったこの物語に、どんな化学変化をもたらすのだろうか。

進撃の巨人(20)

第79話冒頭に出てくる「エレンのいえぇぇがあああああ アハハハハハハ」という、コニーの親父ギャグが笑えないほどの凄惨な世界観が、これでもかこれでもかとで出てくる今回のお話。ベルトルトの正体である「超大型巨人」と今だ正体がはっきりしない「獣の巨人」の身体能力は、戦略や戦術や知恵でどうこうできるレベルではないことがいよいよはっきりしてくる。アルミンは有効な戦術を打ち出せず、ジャンが局面で繰り出す判断力も、しょせん一時凌ぎのものでしかない。エルヴィン団長が繰り出す捨て身の特攻作戦も、兵士の命をムダに散らし、エルヴィン自身も致命的な重傷を受けただけだった。自分は死ぬとわかっているにもかかわらず、なぜ彼らは無謀な作戦を敢行したのか?獣の巨人の台詞は、日本人に限らず全人類に対する、痛烈な皮肉だと受け取ったのは管理人だけではあるまい。作者の絵は、相変わらず下手で汚いと思う向きもいるだろうが、戦場の悲惨さを強調するために、あえてこういう筆遣いをしているのではないか?とわたしは解釈している。この作品の真の理解者なら、本当に戦争になったら社会に与える影響は、この程度では済まないとわかっているはず。だが日本の右傾化のスピードが止まらないのは、こんなこと日本では起こりっこないよと思っているからではないか?

ハイキュー!!(10)

他校との練習試合並びに長期合宿と並行して、個人練習に勤しむ烏野高校バレー部員たち。チャンスとばかりに新しい戦術を試合で試してみるが、それが思うような結果につながらず、彼らのイライラは募る一方。さらに試合で使う速攻のコンビネーションを巡って、日向と影山が大げんか。影山はそのことで中学時代の先輩である及川に相談するが、逆に彼から痛いところを突かれる。しかしそのことで、影山の他人に接する態度に変化が見られるようになる。 今巻の主人公は月島だろう。チーム一の伸長を誇る彼だが、チームメートへの態度はどこかよそよそしい。練習にはまじめに参加しているから、バレーボールが嫌いではないのは確か。実は彼にも、他人にいえないトラウマを抱えていて…。一見順風満帆なキャリアを持っている人でも、誰にもいえないトラウマを抱えている。その苦しみを墓の中まで持っていくと決心する人間もいるだろう。だがふとしたことで人は変わることもある。それがチームメイトからの言葉だったら、どんなにか嬉しいだろう。実際に体験できる人は幸せである。