2002年9月17日、日本中に衝撃が走った。この日行われた、史上初めての日朝首脳会談で、朝鮮人民民主主義共和国(以下「北朝鮮」)の金正日・国防委員長が、小泉純一郎・日本国首相(当時)に、日本国内で囁かれていた一連の「拉致疑惑」が、北朝鮮の特殊工作員によるものであると認め、謝罪したのである
「北朝鮮許すまじ」という雰囲気が日本中に漂う中、作者は今後の日朝関係を憂い、この本を世に問うた。
この本は数年後に「増補改訂版」も出版されたが、ここでは6年前に出版された書籍について言及することとする。
この本の内容は、大きく2つに別れる。
ひとつは、1945年の日本敗戦から現在までの南北朝鮮の関係を中心にした国際関係。
もう一つは、日本は北朝鮮にどう向き合っていくべきかということ。
この本の中で興味深いのは、1945年8月の日本敗戦から、1948年の南北分裂に関するくだりである。
当時、朝鮮を支配していた日本総督府は、38度線以北の地域に侵攻していたソ連(当時)軍が、ソウルまで侵攻すると予想していたため、当時優勢だった社会主義的傾向が強かった建国準備委員会を容認し、統一政府を作らせるつもりでいた。ところがアメリカ軍の進駐を知るや否や態度を一変し、総督府は米軍の進駐を待つことを決めてしまう。朝鮮についての事前知識がなかった米軍は、それまで日本を支配していた級総督府の行政機構に頼らざるを得ない状況になった。つまり韓民族から見れば、一連の状況は、宗主国が日本からアメリカに変わっただけに過ぎなかったのだ。
当時、独立運動を指導する勢力は左右両派に分裂していた。1946年には左右両派が合同して「左右合作七原則」なるものを締結する。しかしこの原則は左右双方から批判を浴び、運動も衰退していく。そして「北」と「南」はそれぞれソ連(当時)、アメリカの支援を受けて独立し、以後南北双方の対立状態が続くことになる。
朝鮮半島の政治史について、韓国に関しては独裁政権時代、特に’80年代以降の国内情勢について、北朝鮮国内の政治情勢については、’90年代の米朝関係について史実を踏まえて書かれているが、どこか物足りなさが残る。原因は、彼が持つ政治スタンスにある。
姜尚中氏はこの本の中で、金正日が日本政府に行った、一連の拉致に関する謝罪と、日朝平壌宣言を極めて高く評価している。そのため、彼は日本国内の左右両派から「金正日サポーター」と面罵されている。本人は「私は金正日のサポーターではない」と強く反発し、北朝鮮寄りのスタンスであることを強く否定している。私はどちらかというと中道左派の政治スタンスであり、極右勢力とは歴史認識を異にするが、その私ですらこの本を読む限り、彼を「北の代理人」であることを否定することができる材料を見つけることは,なかなか難しい。
筆者はこの本の中で、北朝鮮で最高指導者たる金正日が謝罪の意志を示したのは、最大限の誠意を見せたということ認識を示している。だから「北」側の謝罪後、日本国内で猛烈な「朝鮮人バッシング」が起きたのは、北朝鮮にとっては大誤算だったと解説する。
しかし、日本国民が求めていたのは、謝罪だけではなく,一連の拉致被害者の生存に関する情報だった。それが明らかにならなかったからこそ、日本人は激高したのだが、筆者はその事については一言も触れられていない。管理人は金正日と、彼の取り巻きが繰り出す外交手腕について、敵ながら高く評価するが、その彼らですら「謝罪した、でも日本人の行方はわからない」と発表したら、多くの日本人がどういう反応を示すのかわからなかったのだろうか?彼らの能力を持ってすれば、発表後の日本国民の反応についての、複数のシチュエーションをするのは可能だったはずであり、これをしなかったのは、きわめて不可解である。当代一の外交手腕の持ち主が、なぜそこまで計算に入れなかったのだろうか?
拉致問題は、在日コリアンの間でも犯人は「北の仕業」とする一派と、これを否定する一派がネット上・現実世界問わず醜悪な罵り合いを続けていた。そのため「拉致は『北』の仕業だった」と判明したときの、在日社会に与えた衝撃は想像に難くない。一時期は在日コリアンの間で手を取り合おうという雰囲気もあったが、北朝鮮国内の政治情勢が、それらの動きに水を刺す結果につながったのは無念である。
彼が本書の最終章で説く「ありがままの北朝鮮を受け入れること」という概念について、キリスト教徒がしばし口にする「罪を憎め、されど許せ」という概念と同じ匂いをかぎ取るのは、管理人だけだろうか?というのも筆者の前任校・国際基督教大学(ICU)は、教員は全員キリスト教に帰依しなければならないという不文律がある。おそらく彼もキリスト教の洗礼を受け、自らの思想に多大なる影響を受けたのは想像に難くない。そうでなければ、そのような発想は出てこない。
しかし残念ながら、彼の思想が日本で受け入れられる可能性は、ほとんど可能性がないといわざるを得ない状況だ。拉致問題の解決は遅々として進まず、日朝国交回復問題や核疑惑も膠着状態が続き、周辺国のみならず、世界中が北朝鮮に振り回されっぱなしという状況である。この本の唯一の救いは、年表・用語集などの関連資料が充実していること。
巻末に掲載されているブックガイドは、筆者が
「的確な資料に基づいた良質な研究やルポは,きわめて限られているのが実情だ」
という嘆きを考慮に入れても、変な意味で偏っているととられるのがつらいところである。