Révision Du Livre

平和を愛する男がチョイスするブックガイド

小説講座 売れる作家の全技術

小説「新宿鮫」「アルバイト探偵シリーズ」など、日本を代表するハードボイルド&探偵小説作家である大沢在昌が、30年以上のキャリアで培ったテクニックを惜しげもなく明かし、業界を震撼させた「小説講座」を書籍にまとめたものである。 今でこそ、押しも押されレぬ「ベストセラー作家」として認知されている彼だが、デビューから10年あまりは出版した作品が初版止まりだったため、関係者から「永久初版作家」と揶揄されていたが、29冊目に出した「新宿鮫」がヒットしたことで、自分は業界で大きな顔ができるようになったそうだ。過去出版した28冊が初版止まりでも、文壇から「退場」を宣告されなかったのは、万に一つの可能性をかけて見守ってくれる編集者のおかげだが、今の出版業界はそんなことはとてもできる状態ではない、と大沢はいう。売れない作家は注文が来なくなり、辞めたくないのに「廃業」せざるを得ない作家が年毎に増えているのが現状である。 この本ができたきっかけは、小説雑誌「小説野生時代」の編集部関係者から、テクニックを伝授して欲しいと頼まれたからである。 講座を開くに当たり、大沢は3つの条件を出した。 ・受講生は、プロの作家になりたい人限定 ・受講料は無料 ・毎回出す課題を消化できなかった受講生は、その時点で失格とする 「プロの作家になりたい人」を受講生にしているのだから、「ちょっと文章がうまい程度」の人に来られても困る。ある程度の力がある(新人賞に応募し、ある程度の選考に残った経験があるレベル)人を対象にしているため、希望者に作品を提出してもらい、そこから受講生を選ぶことにした。最終的に64人が応募し、年齢は20代~40代、様々なバックグラウンドを持つ12名が受講生として、1年間にわたり本講座を受講できることになった。 タイトルが「売れる作家の全技術」であり、作家志望者以外は読んでも意味がないのではないか?と思う人がかなりおられるかもしれないが、逆の立場、つまり作家は何を考えているのか?という視点でこの本を読めば、ここで語られていることは「文藝」のみならず、漫画・映画・舞台・戯曲(脚本)にもその考え方を応用できるのではないか?と思う。もちろん、この本で書かれているポイントは、今後読者が作品を読み解く上で、有益なヒントを提供してくれるだろう。 本書で著者が繰り返し述べているのは、とにかく「本をたくさん読め」ということである。初版だけで大量の部数を発行する作家はほんの一握りである、彼らの元にはたくさんの献本が送られてくるが、そのほとんどは読まれずに終わる。それを差し引いても、「プロの作家」といわれている人たちは、一般人の何倍もの本を読んでいる、と著者は説く。驚くべきことに、本講座の受講生の中に、読書経験が少ない方も見受けられたという。大沢はことあるごとに 「浴びるように本を読んで、どんどん引き出しを増やして欲しい。引き出しが少ない人間の文章はつまらない」 と語る。「万年初版作家」と揶揄された時代の大沢は、手を変え品を変え、様々なスタイルで作品を発表したがなかなか結果につながらず、そのたびに読書や映画を見て、アイディアを蓄えていった。いい作品を書くには、これまでの読書量がものをいうと大沢は語る。 受講生の中には、ミステリー(エンターティンメント、ハードボイルド)作家になりたいという受講生がいたが、大沢に寄れば、ミステリーを書くためには膨大な基礎知識が必要だから、最低1,000冊以上読まないといけないそうだ。古今東西の名作を読んでいることは当然、推理小説を書く場合はトリックや警察体制の知識が必要不可欠だからだ。大沢がこの講座で例に挙げた「オリエント急行殺人事件」(アガサ・クリスティー)は読者があっと驚く結末を迎えるが、これを知らずにまったく偶然同じトリックの小説を書いて新人賞に応募したら、その作品は間違いなくアウトである。「読んでいないからパクリじゃない」と主張しても、その作品を読んでないということがわかった時点でおしまいなのだ。「ミステリー作家になりたい」という人は、そういう事情を知っておく必要がある。 大沢に言わせれば、作家になるというのは 「コップの中に(『水』という名の)『読書量』がどんどんたまっていって、最後に溢れ出す。それが書きたいという情熱につながる」 のだそうだ。いろんな作家のいろんな作品を読むことによって、経験したことのないことに対する知識や、小説に対する勘所が身についてくる。だから、たくさん本を読め!大沢は高校2年生の時、年間で1,000冊以上を読破した。「読書量が多い」=「作品の質の向上」につながるわけではないが、読書量を重ねることによって、人物造形、ストーリー、サプライズが身につくのだそうだ。この考えは、将来漫画家や映画制作者になりたいと思っている読者にも適用できるのではないか? 大沢が紹介する技術は全部で8つの分野に分かれるが、共通するのはいずれも「豊富な読書量」がないと、これらの技術は生かせないということ。「プロの小説家」は、この本で取り上げられていた技術を易々と使いこなしていくが、「プロ」と単なる「愛好家」の境界線は、これらの技術を自分の思い通りに駆使できるかどうか、そして話の筋立て(プロット)を組み立てていく上での引き出しの多さ(文章表現面も含めて)ということだ。そして、小説を書く上に置いて欠かせないのは人間観察であり、それがうまくできないといくら読書量が豊富でも、人物造形がきちんとできないと、それだけで小説の魅力が半減する。読書量・文章表現力・観察力が高いレベルで備わってこそ、ベストセラー作家になれるのだが、実際にこの分野で成功できるのはほんの一握りである、というのが現実である。 大沢は講座の最後で、デビュー後の身の処し方、文壇関係者・出版社関係者らとの付き合いについてアドバイスしているが、そこでテレビに安易に出てはいけないと発言しているのが興味深い。テレビに出ることで作家の神秘性がなくなることに加え、テレビは出演者にメリットがなくなると、いとも簡単に捨ててしまうからだ。代わりの人間はいくらでもいる、売れる作品を書けないお前が悪い、そういうテレビマンの冷酷な論理を熟知しているから言える言葉だろう。 また、デビューして人気作家になってからも、むやみやたらと「先生」といわせないほうがいいと受講生を戒めているのは好感が持てる。受講生の最大の目的は、プロの作家としてデビューすることであるが、今の出版事情を鑑みれば、担当編集者が真剣に対応してくれるのは、5作目までが限度。それまでにある程度の結果を残されなければ、あっという間に干される、厳しい世界なのだ。 この本では第一部ではテーマ別にそって、第二部では課題別に、受講生が課題作品を提出し、大沢が提出された作品の問題点を5つの分野(ストーリー・キャラクター・会話・文章・アイディア&つかみ)から指摘するのだが、課題作の全文が紹介されているわけはないので、読者がどこまで理解できるか未知数。ページ数の都合があるのは認めるが、ここはある程度大沢が指摘した問題点の前後の文章を紹介したほうが良かったのではないか?別の書評サイトでは 「講演中の大沢の発言は上から目線だ」 という意見が掲載されていたが、彼の発言をどう取るかは読者によって異なるだろう。 この講座を受けた受講生が、当人の希望通り「プロの作家」としてデビューし「ベストセラー作家」になれるとは限らない。 だがこの本は 「プロの作家としてデビューし、その後も順調に作家生活を続けるためには何が必要か?」 「普段作家は何を考え、キャラクターやストーリーはどう作ればいいのか」 という視点で読めば、また違った印象を持てるだろうと思う。 当講座の締めくくりの言葉として、大沢が受講生に送った言葉を紹介したい。

「自分を苦しめ、追い詰めて、これ以上ないと思った、さらにその先があると信じて書くこと。一〇〇パーセントの力を出し切って書けば、次は一二〇パーセントのものが書けるし、限界ぎりぎりまで書いた人にしか次のドアを開けることはできません。それを超えた人間だけがプロの世界で生き残っているんです」

(P284より引用)